星占い・タロットカード SPACE・和    陶芸ギャラリー 陶工房・和 
   プロフィール    お問合せ    サイトマップ   SPACE・和 TOP 

星占い・タロットカード鑑定案内
12星座の性格・才能・資質
西洋占星術とは
タロットカードの世界
タロットカード講座
ホロスコープ性格診断
面談鑑定のご案内
スピリチュアル・エッセイ
                     


      和代のゆうゆう日記   
   
   

2019

3月25日(月)
 この界隈の桜は、まだほんの少ししか咲いていない。都心に比べると、気温が多少低いんだね。
 在原業平の和歌に、桜がなかったら、春はもっと穏やかな気持ちで暮らせるのに、という意味の歌がある。桜が花開くと、満開はいつか、散ってしまわないうちに、見に行かなきゃと、気持ちが落ち着かなくなる。たしかに穏やかな気分でいられなくなる。平安時代から、桜は大人気だったんだね。
 吉野の西行庵に行ったとき、そこの桜はソメイヨシノではなく、葉と花がいっしょに咲く山桜であることを知り、いささかがっかりした。華やかなソメイヨシノに囲まれて、西行法師は庵を結んでいたと思いこんでいたからだ。山桜も綺麗だけれど、どうしたって地味だ。
 京都の人といっしょに上千本まで上り、お弁当に柿の葉寿司を食べた。上千本までの道は、ソメイヨシノが山を彩り、ため息が出るような風景を楽しめだ。懐かしい思い出だ。


3月24日(日)
 ここ10日余り、ずっと原稿を書いている。すごくエキサイティングな作業。目の前が開けたような感じ。
 
 毎日が矢のように過ぎていく。

 明日は回覧板の用事をしなければならない。エキサイティングではない日になるのだ。そもそも、この自治会の仕事って、どれだけ意味があるのかと疑問が湧く。地域のコミュニティ作りを、市から押し付けられているような感がある。コミュニティは自然発生的に生まれるものだ。
 犬の散歩にちょうどいい公園の片隅は、春の花が満開。犬を飼っている人は、ワンちゃんを通じてネットワークを広げ、無理なくコミュニティ作りをしている。




3月23日(土)
 寒の戻り。今日はすごく寒い。雪が降っている地方もあるそうな。
 暖かさに体が慣れてしまうから、春の寒さは身にこたえる。冬のほうがもっと寒いのに、花冷えは耐えられない。
 イチローは柴犬を飼っていることを初めて知った。15歳だとか言っていたから、相当なおじいさんだ。一生懸命生きている犬を見ていると、励まされるそうだ。動物を飼っているというだけで、親近感が湧くのは、私だけではないだろう。
 美学の人、イチロー。監督にはならないのだろうか。
 凡人の私は、疲れないかしらと思うこともあるが、天才は別世界を生きてるのよねえ。

 寒さに震える、うちのチューリップ。花が開きかけているが、どういうわけか、茎が伸びない!



 


3月22日(金)
 ネコヤナギみたいな、ジューンベリー。この白っぽいふくらみから、いきなり花が咲く。葉っぱが出るのは、そのあと。そして木全体が葉で覆い尽くされた頃、おいしい実がなる。鳥たちが目ざとく寄ってくる。



3月21日(木)
 桜が開花した。昨日、靖国神社の標本木は4輪咲いて、5輪じゃないと開花宣言が出せないということで、神社に集まった人たちはがっかりしていた。4輪咲いてりゃいいじゃん。なんか、バカみたい。
 まだ咲いてないのに、上野公園では花見の宴が始まっていた。夜は冷えるだろうにね。
 友達が花見をやりたいみたいだ。桜が咲くと、やはりお尻がウズウズする。



 


3月20日(水)
 近所のお寺の桜が、蕾をふくらませている。驚くほど濃いピンクの花びらの先が、少しだけ覗いている。咲くと白っぽくなるのに、蕾は色が濃いんだね。
 東京は、もう開花したのだろうか。靖国神社の桜が、5輪だか6輪だか咲いたら、開花したと言えるんだって。なんで、靖国神社なの? 
 外出から戻るたびに、顔を洗っている。いまのところ、花粉の症状は出ていない。


3月19日(火)
 書くことで理解が深まる。今それを実感している。何もかも放り出して、これに集中したいという気分。なかなかそうはいかないけれど。

 暖かくなったので、庭に出るのが楽だ。クライミングローズがたくさん葉を伸ばしている。赤い、柔らかい葉を見ていると、楽しくなる。いっぱい花が咲くぞー。




3月18日(月)
 友人のお父さんが亡くなった。96歳。眠るように息を引き取ったそうだ。

 内田裕也が亡くなった。奥さんのもとへ旅立った。

 人生を終えるとは、どういうことなのだろう。いずれ私にも訪れること……。


3月17日(日)
 芝の更新作業……枯芝を取り除くサッチングと、芝に小さな穴をあけ、根切りと酸素の供給をするエアレーションをした。
 小さな熊手で、短く刈ってある芝生を掻くと、根本に堆積した枯れた芝が、あとからあとから出てくる。きりがなく掻き出される。これを放っておくと、新芽が出づらくなるとか、根が腐りやすくなるとか、いろいろ弊害がある。
 芝生に穴をあける専用の道具も売っているのだが、一年に一回ぐらいしかやらない作業のために、道具を買うのも気が進まず、枝を切ったり草を刈ったりする、両手で使用する大きな鎌を、芝生に突き刺して、穴をあけていった。長い柄に力を込めると、わりと楽に穴をあけられる。二坪に満たない芝生だけれど、十数センチ間隔ですべてに穴をあけるのは、けっこうしんどかった。


3月16日(土)
 夕方から冷たい雨が降り出し、気温がぐっと下がった。
 野良猫のマダちゃんが、ご飯をもらいに来た。踏み台に乗り、体を丸くしている。フードをお皿に入れても、そちらに行こうとせず、うずくまったままじっとこっちを見ている。
 そんなにお腹減ってるわけじゃないんだ。
 
 回覧板のことで訪ねてきた人は、小さなワンコを連れていた。ここいらへん、犬を飼っている人がとても多い。4頭の犬を散歩させている人、立派な大型犬を2頭連れている人……。プードルやテリアが多いけれど、中には大変そうな日課をこなしている人もいる。
 明日は、うちのミルちゃんの服の洗濯だ。犬に服を着せることには、反対だったのだけれど、かわいい姿に魅了され、親ばかになった。ワンコは服を着たくはないかもしれないけれど。





3月15日(金)
 源氏物語を着々と読み進んでいる。色恋の話が延々と続くのだから、そのうち飽きるだろうと思っていたが、ちっとも飽きない。物語の展開に力強さがあり、自然描写に心を深く打つものがあり、女御、更衣など宮中に住む女性たちの衣裳の色彩が、鮮やかに眼裏に浮かぶ。紫式部は、とてつもない才能の持ち主だと実感する。
 本当は原文で読むのがいいのだろうなと思う。紫式部が紡ぎ出した世界に、もっと寄り添いたくなる。谷崎潤一郎の文章は素晴らしいけれど、訳文では、源氏物語の世界と薄皮一枚で隔てられているような、もどかしさがある。
 叔母がこれを原文で三回読んだというその気持が、だんだんわかってきた。しかし! 学校時代、古文の授業中はほとんど居眠りしていた私です。無理。





3月14日(木)
 ピエール瀧はいい俳優さんだと思っていたので、とても残念。薬物は本当に怖いね。
 
 用事で新宿に行った。銀行をふたつ回って、5月頃に着るジャケットを探したが、薄手のものはなく、いつも混んでいる京王のデパ地下で、まい泉のお弁当を買った。
 美しいチョコレートに見惚れ、高いので見るだけにし、シュウマイにも心惹かれたが、荷物が多くなるのでやめ、うんざりするほど人でいっぱいの駅構内をうつむき加減に歩き、うちの駅には止まらない特急、準特急しかないので、各駅停車でのろのろと家路についた。
 冴えない外出だった。

 お寺のそばのソメイヨシノに、固いちっちゃな蕾がたくさん付いている。ああ、もうすぐ花見かあ。

 これは早咲きの桜です。幹からこんなふうに、咲いている。かわいい!







3月13日(水)
 あったか~い。あちこちで花が咲き、ウォーキングは気持ちがいい。木に咲く花の名前を知らないので、稚拙な表現になってしまうが、ピンク、黄色、これは知っているコブシの白……と、ひな祭りのような色彩が、静かな住宅街を彩っている。
 地域のコミュニティ作りのために自治会は必要だろうけれど、東京の住人は近所づきあいを避けたがるから、人の輪は広がらない。東北の震災のあと、あの地方の人は自然に地域のコミュニティを作り出していることを知り、羨ましくなった。都会に住む人々は、どうしてこうもよそよそしいのだろう。
 災害に見舞われたとき、ちゃんと助け合っていけるだろうか。



3月12日(火) 
 自治会の役員になった。回覧板を回す際の名前と日付等を記入する用紙作りに、案外手間取った。普段エクセルを使わないので、長い文章の入力の仕方がわからず、引っ越しのときにエクセルのマニュアル本を捨ててしまったので、図書館で借りてきた。ネット検索で間に合うかと思ったら、ネットの記事がわかりにくく、長文の入力方法が載っているサイトが見つからず、かなりの時間を無駄にした。やはり本は必要だと痛感した。
 自治会の役員なんて、柄にもない役を引き受けたものだと自分でも思うけれど。いつかはやらなければならないみたいだから、逃げ回っても詮ないことだ。
 ダン・ブラウンの「インフェルノ」をテレビで観た。ヨーロッパの古い建築は本当に美しい。それを眺めるだけでも、このシリーズは楽しい。それにしても……、トム・ハンクス、年取ったなあ。ミッキーマウスの腕時計が、やや違和感をかもし出す容貌になってきた。
 

3月9日(土)
 春一番はもう吹いたんだっけ。晴れ渡っているが、今日は風が強い。サングラスにマスクをして歩いていたら、すれ違った中年の女性にチラ見された。やはり変かしら。花粉症の対策だい!
 アレグラを買って、症状が出るのを待ち構えているが、今のところ危険な徴候はない。私の花粉アレルギーは、顔に湿疹ができ、顔全体が腫れぼったくなる。これが私の顔か! と心が折れるのだ。
 子供の頃は、青魚を食べると、全身にじんましんが出た。去年、アレルギーの検査をしたら、不思議なことに食べ物のアレルギーは消えていたが、ホコリ、ダニ、ネコ、花粉……等々、これまでの人生で触れたものすべてにアレルギー反応があるという結果が出た。
 グリム童話かアンデルセン童話に、触った物がことごとく金になる王様の話があったことを、ふと連想した。私のアレルギー反応も、それだったらいいのにね。なあんてね。





3月8日(金)
 執筆を頑張りすぎて、今日はクタクタ。体の中が綿のようで、力が入らない。こんなときに体調を崩すのだろう。
 インフルエンザのことを情報番組でパッタリやらなくなったけれど、もう心配ないのだろうか。
 今日はカルロス・ゴーン被告の変装のことでもちきりだ。
 作業員が、あんなにたくさんの刑務官に囲まれているなんて、不自然だ。一人だけ鮮やかなブルーのキャップをかぶっているから、とても目立つ。妹が映像を見て、お腹をかかえて笑っていた。漫画にしか見えない。コントのネタになるかも。

ツルバラが、また少し成長した。




3月7日(木)
 固定電話になるべく出ないことにした。着信音を小さくした。詐欺、強盗の防衛のためもあるし、勧誘の電話もよくかかってくるからだ。不用品、リサイクルの電話、東京電力のセールス、リフォーム会社の外壁塗装の勧誘……。建ってから3年も経ってないのに、何が外壁塗装だ!
 私は相当つっけんどんに応対する。嫌なヤツと思われるかもしれない。。
 電話に出ず、玄関も絶対に開けず、貝のように殻を閉じて暮らさなければならない世の中なのか。
 気が狂ったように隣家に住む人を罵る年老いた女性。ベビーカーを傘で殴ったり、自分の軽トラをわざと人に当てたり、すべての人間を敵に回したような、恐ろしい形相で、通行人に向かって悪態をつく老人……。
 高齢者が凶暴になっている。どうしてこんなことになってしまったのか……。
 
 庭の植物は、日々、育っている。庭を眺めるのが、ただひとつの慰め。




3月6日(水)
 30年くらい前から始まり、10年以上にわたって続いた、ある不思議な体験について、本を書こうと思っている。原稿にまとめても、出版社が取り上げてくれるかどうかはわからないが、やはりこれは書かなければならないことだと、決意を新たにしている。
 この体験を記述することは、たぶん私の人生の最も大きなテーマなのだ。

 今にも雨が降ってきそうな曇り空。外出の予定はないし、原稿を書くにはうってつけの日かもしれない。晴れて、外が美しいと、どうしても気持ちは窓の外に向いてしまうからね。


3月5日(火)
 昨日、確定申告の書類を作成し、今日は気分スッキリだ。パソコンで打ち込めるようになったので、昔に比べるととても楽。計算間違いを心配することもないし、数字の書き方に神経を使わなくていい。それでも、作成のルートを間違えて慌てたために、せっかく打ち込んだものを消してしまった。便利なようでわかりにくい。
 暖かくなったので、チューリップの芽がいくつも顔を出している。土の中で球根が腐ってしまったかと心配していたので、ほんとに嬉しい。赤と白の花が、鉢いっぱいに咲くはずなのだが……。




3月3日(日)
 朝から冷たい雨が降っている。雨の中、東京は3万数千人のランナーが、自分に挑戦していた。むろん私はテレビ観戦だ。IPS細胞の山中教授が走っていた。一ヶ月前の京都マラソンも走ったそうだ。すごいね、文武両道。
 コツコツとひとつのことに取り組む姿勢が、研究とマラソンに共通しているのだろうか。
 山中教授の人柄が好きだ。

 今日はひな祭り。陶器の雛人形をいくつか作ったことがある。今は手元にひとつもない。久しぶりに、おひな様を製作してみようか。来年は手作り雛を飾ろうか。


3月2日(土)
 昨日、ボヘミアンラプソディを友人と観に行った。私は二度目だ。
 ラストのコンサートのシーンで、前回よりも涙がこみ上げ、「We Are The Champions」で感動はピークに達した。エイズを告白するシーンで、「俺の歌で空に穴をあける」というセリフがある。クィーンの音楽が発するとてつもないパワーが、天を穿ち、世界にメッセージを発信しているのだと思い、私自身が勇気をもらったような気がした。
 前日までひきずっていた悩み事が、さっぱりと消えた。ちょうどいいタイミングで映画を観たのだろう。気持ちがカラッと明るいほうへ切り替わった。これからやるべきことの輪郭が見え、迷いがなくなった。こんなこともあるんだね。


 


2月28日(木)
 朝から雨。昨日の予報では、午後は曇となっていた。それを信じて、出かける用事を今日に回し、しっかりコートを濡らして帰ってきた。天気予報は当たらない。ことも多い。
 写真家の岩合光昭さんは、野良猫のことを自由猫と呼ぶ。で、ウチの庭にハウスをもらっている自由猫のマダちゃん、最近食欲がないので、ドライフードをやめてネコ缶をあげた。それでも以前のように旺盛な食欲は見せず、今も雨除けに設置したビニール傘の下のお皿に、ほとんど手をつけてないツナが残っている。
 トイプードルのミルちゃんの散歩も、雨なのでお休み。ミルちゃんは室内のトイレでも用を足すが、外でしか用を足さない犬も多く、そういうワンコの飼い主は、雨でも大風でも、散歩に連れ出す。今朝も傘をさして二匹のワンを連れた人が、うちの前の道路を通っていった。
 人間にとっては厄介な雨も、植物には恵みだ。ビオラもシクラメンもいきいきしてる。



2月27日(水)
 使ってないノートがないものかと棚を探していたら、亡くなった叔母の介護日誌が出てきた。訪問看護の看護師さんが、丁寧につけてくれたものだ。細かく記述してあるので状態がわかりやすいと、担当のお医者さんが褒めたほどの、優秀な日誌だ。
 叔母が亡くなって4年余り。叔母の死を経験してから、自分の死について考えるようになった。といって終活を特にしているわけでもないが、死ぬというのは、どんな体験なのだろうという思いが湧く。
 死んだら自分のすべてが無くなってしまうと考えている人には、私のこの思いは理解できないかもしれない。私は、心というものは肉体が滅んでも存在すると考えていて、死が訪れたとき、自分の心は死をどのように感じ、受け止めるのだろうと、そのことに思いをめぐらすのだ。
 あの世とは、どんなところなのだろう。三次元の物質世界に生きている私達には、到底想像できない世界だが、あの世で人は心だけになって、どんなふうに過ごすのだろうと、そんな想像にふと気持ちが動いてしまうのだ。


2月26日(火)
 無為に一日が過ぎてしまった。パソコン用のホームページをスマホ用に一括変換したが、表示されない。どこかに無理があるのだと思うけれど、知識がないのでわからない。
 
 剪定したクライミングローズに、たくさんの芽が出ている。去年は3メートルくらい枝が伸びたが、花芽はつかなかった。苗木を植えて、今年が2年目。今年こそ……。

 


2月25日(月)
 ホームページの引っ越しが、ようやく完了した。ヤフージオシティーズからさくらインターネットへ移った。レンタルサーバーのサービスを突然停止されると、ユーザーはほんとうにおろおろする。ワタクシのように、インターネットの根本的な知識があまりない者は、マニュアルを見ながらおずおずと作業を進めるのだ。説明文をしっかり読み、メモまで取り、ひとつひとつ確かめながらえらい時間をかけて、やっとゴールにたどり着いた。時間がかかった理由のひとつは、変更がインターネット上にすぐ反映されないからだ。数時間から二日程度かかると書いてあったりするので、それでは今日の作業はここまでということになり、ほかの用事や仕事や気晴らしに時間を費やすことになる。ホームページの管理は、地道さと忍耐力がないとできない。
 窯のメンテナンスと納品が済み、ホームページの移転が終わり、さてお次は確定申告です。



 うちのすぐそばの公園。しだれ梅のようですが、花が黄色い。葉の落ちた木々も、パソコンに疲れた目には癒しです。


2月22日(金)
 今年、始めたこと。谷崎潤一郎訳の源氏物語を、少しずつ読み進めている。
 亡くなった叔母は、原文で源氏物語を3回読んだとよく言っていた。ちなみに叔母は歌人で、角川に短歌を掲載したり、数冊の歌集を出している。
 私は原文など到底無理なので、好きな作家の一人である谷崎潤一郎の源氏物語、分厚い美しい本をだいぶ前に購入し、長く本棚に鎮座していたのを、ようやく開いてみたのだ。
 いつだったか、友人が経営している飲み屋で、たまたま隣り合ったサラリーマン風の人が、「源氏物語って、エロいですよねぇ」と言っていた。その言葉が妙に頭の隅にこびりついていて、今、この壮大な色恋の物語を読みながら、たしかにそうだと心の中で何度もうなづいている。
 谷崎潤一郎の文章は流麗で気品があり、言葉が織りなす美の世界に引き込まれる。ただ……、内容はある意味相当に下世話で、まあこれは、平安時代の娯楽小説なんだなと、納得した。いかにも女性が書いたものだなという感じもする。女の意地の悪さが、時々にじみ出てきたりして……。


2月21日(木)
 昔、高校生の頃、ラジオを枕元に置いて、つけっぱなしにしたまま眠る癖があった。ある時、深夜放送の番組で、小椋佳の「シクラメンのかおり」を流していて、それを眠りながら聞いた。睡眠の中に曲が流れ込み、それは素晴らしく感動的な、胸の奥がしめつけられるような愛に満ちた夢となって、私の脳細胞のすみずみに広がっていったのだ。対象のない恋の気分だけが、胸の奥に大きくふくらんでいった、そんな感じでもあった。
 翌朝もその気分だけはくっきりと心に残っていて、着替えをしながら、夢見心地だった。
 夢のストーリーは忘れてしまったが、「シクラメンのかおり」」とその夢は、表裏一体となって、私の記憶の引き出しに収まっている。





2月20日(水)
 陶芸の、注文の品を箱詰めしていたら、左薬指の爪が割れた。カルシウム不足か!
 小さなカエルを200個。詰め終わったらクタクタだった。最近、体力が落ちたと感じる。
 炉内を総取り替えした窯は、とても調子がいい。今まで、やせ細ったカンタル線で、無理やり温度を上げていたのだ。もっと早くメンテナンスをするべきだったと思う。




2月14日(土)
 来週は暖かくなりそう。近所の公園の梅は満開です。
 徒歩3分の場所にある行きつけの美容室の先生、ネコが大好きで、野良ちゃんのために外に餌を置いておく。ある朝、窓を開けたら、野良ごはんのところにいたのは、ニャンではなく、なんとタヌキでした。なにごとかと顔を上げたタヌキと、バッチリ目が合ってしまった。
 やはり近所の、素晴らしくかわいいポメラニアンを飼っている奥さん、散歩が終わって家に入ろうとしたら、玄関の前になにか居る。ワンコは警戒して一歩も動かない。なんだ!と思ってこわごわ近づいたら、タヌキでした。
 美容室の先生が言うには、たぶんこの公園にタヌキが住みついている。この辺は木立がまだ残っているので、そういったところにも巣があるに違いない、と。
 ハクビシンが甲州街道の歩道を歩いていたという話もあります。こちらはペットとして飼われていたものが、捨てられたのでしょう。




1月28日(月)
 ジオシティーズがレンタルサーバを廃止するので、サイトの引っ越しに大わらわです。これって、本当にわかりにくい。独自ドメインを移管するのに必要な情報を得るのが、ほんとにわかりにくいし、その他のことも。経営の都合で、勝手に廃止するのだから、もうちょっとていねいなマニュアルを作ってほしい。
 インターネットの基本的な仕組みをきっちり学んでから、サイトを立ち上げている人なんて、そう多くないと思うよ。こういった勉強に費やす時間より、仕事の時間を優先するわよ。
 サポートの電話番号もメールアドレスも書いてない。もっとも電話したって、混んでていつつながるかわからんけど。


1月25日(金)
 再び庭仕事。シマトネリコの根本に油粕を施し、フェンスに引っ掛けてある鉢の土を変えた。
 シマトネリコは砂利を敷き詰めた場所に植わっているので、砂利を部分的に取り除き、小さな穴を7個掘り、固形の油粕を2個ずつ入れた。穴を掘るのがけっこうたいへん。しかし表面が砂利で覆われているせいか、このカラカラ天気にもかかわらず、土は十分に水分を含んでいた。これなら水やりの必要はないと、ほっとした。シマトネリコは水道から遠く離れているので、水やりがひと苦労なのだ。
 フェンスの鉢は、二年間ほっといたので、根がびっしりと鉢いっぱいに張り、鉢底の石をすべて巻き込んでいた。古い土を払い落とすことができないほど、細かい根の束が土をくわえこんでいる。細いシャベルを根の間に差し込み、むりやり土の塊をほぐした。細い根をだいぶ切ってしまった。ベランダも着ているジャケットも土と枯れ枝にまみれ、手は痛くなるし、さんざんでした。
 植え替えが成功したかどうかわからない。これで枯れたら、費やした時間と体力は水の泡なのだ。


1月24日(木)
 冷たい風が吹きまくった一日。インフルエンザも流行っているし、今日は庭仕事はお休みです。
 綺麗な写真なので、脈絡なく載せておきます。ひと月半ほど前、北鎌倉、建長寺(だったと思うけど)で撮ったもの。友達とこの扉の前で、一人ずつかわりばんこに撮影し合い、まああ、扉のきらびやかさに人間は完全にくすんでしまって。
 奥に素晴らしい庭があり、ゆっくり鑑賞できるように、廊下にベンチがあり、靴を脱いでお堂に上がって、足を休めながらひとときを過ごしました。

 

 


1月23日(水)
 今日も奮闘? つるバラに施肥をした。バラの根本から30センチくらい離れたところに、直径20センチ弱の穴をふたつ掘る。深さは約30センチ、シャベルが縦にすっぽり入るくらい。地面が芝で覆われているので、枯芝を剥がし、ひたすら掘る。小石がたくさん埋まっているので、作業しづらい。
 十分な深さになったら、油粕100グラム、リンやカリ等が入っているバラの肥料を100グラム、腐葉土を穴の7~8分目くらいまで入れ、掘り上げた土をかぶせて、しっかり押し付ける。
 これを二穴分やったら、もううんざり。予定ではシマトネリコの施肥もするはずだったが、明日に回した。
 園芸サイトには、冬のバラの施肥に骨粉を入れると書いてある。骨粉にはリン酸が多く含まれており、バラの肥料の袋をミたら、成分の中にリンが入っているので、代用したのだが……。これでいいのかなあ。
 苗木を植えて、ほぼ一年。去年はツルはどんどん伸びて、いちばん長いので3メートルくらいになったが、花はいまだ咲いていない。中心がクリーム色で、まわりが濃いローズピンクの、大輪の花が咲くはずなんだけど……。




1月22日(火)
 植え替えたミニバラ。鉢がだいぶ大きくなった。伸びそうもない細枝をどんどん切った。昨日買ってきたばい菌防止剤を、切り口に塗った。薬はチューブに入っていて、ササッと塗れます。ベタベタした薬で、切り口が完全に塞がります。これでひと安心。




1月21日(月)
 明日はつるバラの剪定をする。根が休眠期に入っている冬の間にしなければならない。切り口に殺菌が入るのを防ぐ薬を塗る。島忠ホームズでその薬やら、油粕やらを購入。園芸サイトに、溶かした蠟を塗るとか、蠟にサラダ油を混ぜて塗るとか、書いてあり、自分で作ることを考えたら腰が引けたが、いろんな商品があるのだ。
 鉢植えで使った土を再生させるための肥料も、数種類売られていた。土は一般の家庭ゴミに出すことができないからだ。今まで、使い古しの土を日光消毒し、それに腐葉土を混ぜて、そんなに大切じゃない鉢植えに使っていた。この肥料を使うほうが、間違いなさそう。
 肥料、土、薬品……実に多種多様の商品が売られている。日本人は事細かに商品を開発していくのだ。こんな国って、他にある?


 
 
 


1月20日(日)
 あれこれと用事をこなし、一日が矢のように過ぎる。20日前は元旦だったなんて信じられなーい。
 ミニバラの植え替えをした。一年目は美しく咲いたが、植え替えをせずに2年目に突入したら、花の付きが悪く、葉に黒い斑点ができ、新しい葉が出ても、すぐ落ちる。アブラムシの被害も多い。調べると、ミニバラは下方に根を伸ばし、鉢の中が根でいっぱいになり、根詰まりを起こすので、毎年植え替えたほうがいいと書いてあった。さても、面倒なこと……。でもこのまま放っておくわけにはいかず、今日は幸いあったかかったので、実行した。
 枯れ枝をだいぶ切った。鉢いっぱいに根を張っていたので、取り出すのが一苦労。根を切ってはいけないと思うので、ゴム手袋をはめた手で、少しずつ土を掘り出し、固まった土をほぐし、たぶん20分くらいかかって、ようやく鉢から引っこ抜いた。太めの根の先に、ひげのような細い根が束になって生えている。これを切ったものかどうか思案し、結局少しだけ切って植えた。
 ちゃんと咲いてくれるかしらねえ。



1月19日(土)
 写真家の岩合光昭さんは、野良猫のことを野良猫と呼ばず、自由猫と言う。野良なんていう見下した言い方が嫌いなのだろう。野良猫は庭に糞やオシッコをするから、嫌われる。隣の家のご主人、穏やかないい人だけれど、ネコの糞には神経質みたい。ウチに来るネコどもが、隣の庭でもウンチをするので、ネコが来ないように何やら白い粉を撒いたり、それが効かないと、トゲがびっしり付いたゴムのシートを敷いたり、それでもダメらしく、赤いランプが点滅する機械を二個設置した。
 花に水をやるとき、隣の様子が見えるのだ。
 犬もたぶん嫌いで、妹が犬の散歩をしていると、すれ違っても知らん顔をしているそうだ。なんでも以前の住まいで、隣接する家の飼い犬が絶え間なく吠え、それが原因で引っ越してきたとか。うるさい犬から離れようとしたら、運悪く隣の私達が犬を飼ってしまったのだ。ウチのプードルはまったく吠えないけれど。
 ものには好きずきがある。こればっかりは仕方がない。ウチの庭に来る自由ネコのことも、苦々しく思っている……。




1月16日(水)
 ビオラと、名前を忘れたが、可憐な草花が、茶色く冴えない庭の唯一の彩りだ。
 この草花、植えたときは弱そうだったけれど、今やビオラを侵食しつつある。ビオラは可愛い姿に似ず、たくましい花だが、このちっちゃな花の群れは、それを上回る。芯の強い女の子って感じだ。



1月15日(火)
 冷たい雨が降っている。
 餌をやっている野良猫のマダは、ネコ用のハウスの中で、ほとんど一日中過ごしている。アメリカンショートヘアと何かの雑種で、毛並みはアメショーそのままだ。性格は気弱そうだが、顔はややキツく、精悍な表情も見せる。
 マダの食べ残しを狙って、黒猫がやってくる。黒猫は生きる力が強いらしく、どうかすると気弱なマダは追い出されそうになる。未熟児だったから、この子の面倒を見ることにしたので、黒猫がのさばり始めると、マダを守ろうと、こちらも必死になるのだ。




1月13日(日)
 保護犬を飼い始めて、3ヶ月。3ヶ月間の変貌をご紹介。

 今月7日に、ようやくヘアカットできました。口の中の手術をしたので、傷口が塞がるまで、顔をいじれなかったのです。
 質の良いドッグフードと、毛や皮膚に効果のあるサプリメントのおかげで、毛が密に生えてきました。ようやくプードルらしくなったよ。




 これが10月の頃の状態。これからうちに来るところ。ブリーダーのところで、栄養状態が良くなかったので、体の毛が抜けています。




1月11日(金)
 冬の庭。芝は枯れ、アイビーやハツユキカズラは葉を赤くして縮こまり、バラもジューンベリーも裸の枝を伸ばすばかり。でも、よく見ると、ジューンベリーの枝の先に、芽がたくさん付いている。これからが冬本番というのに、木は早くも春の用意をしている。




1月10日(木)
 インフルエンザが猛威をふるっている。お茶が良いというので、こまめに飲み、ややビクビクしながら暮らしている。ウィルスはマスクを通過するから役に立たない。外出から帰ったら、すぐにお茶を飲み、口の中のウィルスを飲み込む。ウィルスは胃酸で死ぬから、この方法がいちばんいいらしい。
 朝のモーニングショーで、出演しているクリニックの先生が、ていねいに教えてくれる。
 インフルエンザの予防注射を打ったら、具合が悪くなったという知り合いがいるので、なんとなく不安で、一度も予防注射を打ってもらったことがないのだ。ああ。

1月5日(土) 
 ラナンキュラスの球根を掘り出し、夏の間保存して、去年の12月の初めに植えた。ひと月もたたないうちに緑の芽を出し、現在、この状態。
 球根は長さ1~2センチの、朝鮮人参が何本かくっついたような形をしている。このちっちゃな球根を、深さ3センチ程度に、適当な間隔を置いて埋め込む。使う土は、再生土。花が終わったあとの鉢植えの土を、残った根やゴミを取り除き、陽に干して殺菌し、それに腐葉土などを混ぜ込む。
 こんな面倒なことをせず、春になったら新しいラナンキュラスのポットを買ってきてもいいのだけれど、植えた球根が冬の気温に負けず、こうして緑の葉を広げていくさまを見たいのだ。草花の力ってすごいでしょ。こんなに小さいのに、寒気にさらされながらも、着実にしっかりと伸びていく。




1月4日(金)

 あけましておめでとうございます。
 気を引き締めて、充実した日々を送り、成果を上げよう!
 カベに腰を据えて立ち向かい、困難をひとつひとつ乗り越えていこう。
 自分にとって何が正しい道か、じっくり見極めよう。
 そして思いきり遊ぼう。

 


  2018年

12月30日(日)
 なんとまあ、あと一日ちょっとで今年が終わる。恐ろしいほどの速さだ。
 今年は、うちに犬が来た。これは大変化だ。一匹の小さなプードルが、ウチの空気を変えてしまった。ワンコ、恐るべし。




12月25日(火)
 来週の火曜日は、元旦だ。なんとまあ、時のたつのは早いこと。
 年賀状をやめようと思っている。と言って、年賀状やめます宣言のハガキを出すのも、これまた面倒で、年が明けて、来た年賀状に返事を出すだけに、とりあえずする。それを続けたら、だんだん年賀状が来なくなるはずだ。そうしてフェイド・アウトする。
 年賀状が一枚も来ないお正月というのは、ちょっと寂しい気もするけれど、メールもラインも、フェイスブックもある現在、人とつながる手段には事欠かないのだから、年賀状の意味や価値は急速に薄れていると思う。仕事のURLを住所の下に入れているが、宣伝効果は期待できない。
 今まで自分の作品の写真を入れた年賀状を、パソコンで作っていたので、その手間がなくなった今年は、時間がたっぷりあるように思える。あーなんという開放感!

12月24日(月)
 「これ、ツバキじゃなくて、サザンカだって知ってる?」
 鎌倉を歩いていたとき、友人が言った。
「ツバキは花びらが一重でしょ。これはほら、花びらが幾重にもなってる」
 なるほど、生け垣に華やかに咲くこの花は、花びらが多い。なんとまあ、この歳になるまで、私はサザンカをツバキと思い込んでいた。パッと見にはツバキだ。葉はツバキそのものだ。
「私もつい最近、知ったの。サザンカ、サザンカ咲いた道って唄のイメージが変わった。華やかなイメージになった」
 友人はサザンカを、もっと地味な花だと思っていたのだろう。
 私はといえば、サザンカがどんな花なのか、これまで考えたことすらなかった。唄の続きは「焚き火だ、焚き火だ、落ち葉焚き」だから、冬を迎えて木は裸になり、寒さが増す道端に、ようやっと咲いている植物、漠然とそんな印象を持っていた。
 くすんだ植物が、友人の言葉で、いきなり艶やかな花になった。醜いアヒルの子が、ある日突然白鳥になったように。





12月22日(土)
 御岳山の御師の家。御師というのは、御嶽神社の信者さんを泊める宿のことだが、普通の旅館とは違い、神社と深く結びつき、格式があるらしい。代々受け継がれた、古い家柄が多いようだ。
 ロープウェイの駅からきつい上り坂を神社をめざして歩いて行くと、途中に御師の集落がある。多くは普通の建物だが、中には写真のような立派な構えの家がある。
 この家は馬場という表札がかかり、現在は使われていない。文化財として残すのだろう。注連縄があるので、通りすがりに見ただけでは、宿ではなく神社かと間違えてしまう。
 浅田次郎の短編集に、御嶽神社と御師の家を舞台にした小説がある。浅田次郎の母の実家が、御嶽神社の神主さんで、御師でもある。浅田家だけでなく、他の御師達も、当主は神職を兼ねているのかもしれない。

 峻険な御岳山。御師の集落や、山を覆いつくす鬱蒼とした杉木立。ここには独特の雰囲気が漂う。厳しく、透明だけれども、暗いものがうっすらと立ち込めた、神の不思議な世界への入り口のようだ。
 
 
 

12月18日(火)
 鎌倉に住もうかと、本気で検討したことがある。暇なとき、考え事で頭がグチャグチャになったとき、静かなお寺の境内を歩き、山を眺め、整った庭の前で時を過ごす。崖の窪みに置かれた石仏の風情が、特に好きだ。
 草や木にほどよく覆われた鎌倉の崖は、心地よい湿り気があり、心が落ち着く。いつまでもその前にいたくなる。鎌倉は暗いと言う人がいたが、植物のみずみずしさに満ちた、このほの暗さは、渇いた心を潤してくれる。



12月11日(火)
 先週の金曜日、友人と鎌倉に行った。北鎌倉で電車を降り、円覚寺、明月院、建長寺と歩き、さすがに疲れて、バスで小町通りに向かい、重くなった足をなんとか動かしながら、つい欲に駆られて、服や小物を見て歩いた。
 陽もだいぶ傾き、柔らかな曇り空の向こうに、鶴岡八幡宮の大鳥居が聳える。トビが数羽、空の高みを悠然と旋回している。毎日、こんな風景を見て暮らせたら、どんなにいいだろうと、鎌倉の良さをしみじみ感じた一日でした。

 写真は明月院。近頃あまり触れていなかった日本の美を目の当たりにし、その細やかさ、繊細さが心に沁みました。
 


12月5日(水)
 街にクリスマスツリーが飾られ、近所の家の玄関やフェンスに華やかな電飾が煌めく。
 我が家の玄関ドアにも、赤一色のリースがつけられ、温かみを添えている。
 ミルは出会う人たちに癒やしを与えている。
 小さな幸せが、私を取り巻いている。


 


11月27日(火)
 ボジョレーヌーボーを飲む会が、主催者の母上が亡くなったために中止になった。
 享年95歳。大往生だ。ご冥福をお祈り申し上げます。
 人生100年時代と言われているけれど、周りを見回しても、長寿の人は本当に多い。食生活が豊かになったからだろう。
 長寿を慶ぶいっぽうで、100歳まで生きることに不安を覚える人も多い。経済的にやっていけるだろうかと、友人が漏らしていた。独身の知り合いは、どんな状態で人生の最期を迎えるか、まったく予想がつかないから、考えないことにしていると言った。
 私も長生きに怯える一人だ。


11月26日(月)
 午前中、散歩に連れ出すと、ミルはリードの先でゴムまりのように跳ねる。散歩が嬉しくて仕方がないというように。道路脇をクンクン嗅ぎ回り、右に左に動き回り、電信柱や塀の際にせわしなくオシッコをする。犬の尿で電柱の根元が腐ったというニュースが以前流れていたので、園芸用のスプレーを持ち歩き、オシッコのあとにいちいち水をかける。糞はもちろんビニール袋に入れて、持ち帰る。犬の散歩は忙しい。
 子犬のように跳び跳ねるので、ミルは若く見える。子どもをたくさん産んだ体は、7歳半になっても、ちっとも衰えていない。根が丈夫なのだろう。すれ違う近所の人は、たいてい、子犬ですかと聞く。
 他の犬におおいに興味を示す。犬だけでなく、時々、人間にも強い関心を持つ。おばさん、若い女性、どんな基準でミルが注目するのかはわからない。せわしなく走り回っていたのが、ピタッと立ち止まり、視線をまっすぐ定めて、相手を凝視する。かつて出会った誰かに、その人が似ているのかもしれない。ミルを拾ってくれたボランティアの人とか。男性には今のところ興味がないようだ。



11月24日(土)
 ミルには、穀物の入っていないフードを与えている。犬はそもそも肉食で、穀物を食べない。穀物の消化は、穀物を基本的に食べない肉食動物には、負担になるということらしい。ミルが食べているフードには、肉以外に少量の果物が混ざっている。これは野生の肉食動物が、草食動物を捕食した場合、草食動物の胃の中には草や木の実などの未消化の残留物があり、肉食動物は獲物の肉とともに胃の中身も食べるという考え方に基づいている。ドッグフードを、なるべく動物の自然の状態に近づけて作っているということらしい。
 ほとんどが肉のフードは美味しいらしく、ミルは毎回、ガツガツ食べる。与える分量は、穀物入りの缶詰のフードより少なく、いつももっと欲しそうな顔をしているが、適正な分量を超えるのは良くないので、我慢してもらう。
 ペットの食べ物も、ずいぶん研究が進んだものだと感心する。私が子供の頃、飼い犬には前日の余ったご飯に味噌汁をかけて与えていた。たまに魚の食べ残しなんかも混ぜたかもしれない。それが一般的な飼い方だった。圧倒的な塩分過多の、穀物中心の食事をさせて、犬は今よりずっと短命だったかもしれない。
 ご飯におかかとお醤油をかけたのを、ネコまんまと言うけれど、ネコたちのご飯も昔はそんなものだった。まったく恐ろしいことだ。


11月23日(金)
 ミルはブリーダーに酷使されていたために、歯が抜け、毛も薄くなっていた。うちに来たときは、まばらな毛を透かして、か細い足の筋肉が見えていた。背中の毛も少なく、体のラインがはっきり見え、触ると背骨がゴツゴツと指先に当たった。
 市販の安い缶詰をやめ、値段は張るが、犬の体作りを研究して作られたフードを食べさせた。
 ミルと暮らすようになって一ヶ月以上たち、毛はどんどん多くなった。今では体のラインが透けて見えることはなく、毛むくじゃらで、ようやくプードルらしくなってきた。
 ミルが来る前、状態をペットショップの人に話すと、成犬だから毛が生えるのは難しいと言われた。食べ物によって、犬の毛はどんどん生えるのだと、今さらのように食物の大切さを感じている。


11月22日(木)
 犬の名前を変えた。ボランティアさんがチョコちゃんと名付けてくれていたが、タ、チ、ツ、など音がきつい名より、マ、ホ、ヨ、といった柔らかい音の名前のほうが、犬の性格が優しくなると、ある人から言われた。可愛い名前にしたくて、ミルクという名が浮かび、ミルク…ミルキー…ミルキーウェイ…うん、ミルキーウェイがいい、ということになり、正式名ミルキーウェイ、通称ミル、となったのです。
 ミルは社交的で、出会う犬に興味津津、かまってもらいたくて、しっぽを激しく振りながら寄っていこうとする。人間にもしっぽをパタパタさせながら、甘えかかる。近所の美容室の先生からは、セラピードッグみたいねと言われた。知らない人に撫でられても、おとなしくしている。犬仲間同士のお喋りが延々と続くと、傍らに座り込んで、話が終わるのをじっと待つ。
 誰からも可愛がられている。
 番犬にはならないねと、妹と笑いあった。番犬には小さすぎるし、怪しい人物が家に入ろうとしても、例のごとくしっぽをふりふりさせながら寄っていくからだ。


11月10日(土)
 保護犬が来てから一ヶ月弱。私と妹は犬に夢中だ。
 保護犬はつらい経験をしている子が多いから、慣れるのに日数がかかる場合があると聞いていたが、来たその日から私たちに甘え、何ヶ月も前からここにいるかのように、くつろいでいた。
 親バカのつぶやきにしか聞こえないかもしれないけれど、利発で外交的で、かと言ってワガママではなく、瞳が純粋で、あたかもこの家に天使が舞い降りてきたかのようだ。




 
10月11日(木)
 今度の日曜日に、神戸から犬がやって来る。
 神戸の保護犬ボランティアに引き取られていたトイ・プードルだ。
 ブリーダーの繁殖犬で、7歳になったので、繁殖犬の役目を終え、お払い箱になった。
 子供を産めない年頃になると、ブリーダーは犬を捨ててしまうのかと、はなはだ疑問に思った。
 ボランティアさんがチョコちゃんと名付けたその犬は、これまで一度も散歩をしたことがないそうだ。家庭の温かみを知らない子だと、この度、はるばる神戸から犬を届けに来てくれる人が、ラインに書いていた。
 相当に酷使されたのだろうか、その子は体毛が抜け、歯も全部抜け落ちている。歯がないから舌が口から出ているけれど、それでもいいかと聞かれた。さらに、口の中の上顎に穴が開き、鼻まで貫通している。穴を縫う手術と、避妊手術の費用を負担することが、里親になる条件だった。手術と聞いて、初めは気持ちが引けたが、医者もボランティア値段で施術するので、避妊と合わせて5万数千円で済んだ。
 ボランティアさんとやりとりをしているうちに、ブリーダーへの憤りがふつふつと湧き、気持ちを抑えることができなくなった。